コレステロールの科学が宗教になるとき

「LDLは低ければ低いほどよい」が教義になると、疑問を口にするだけでも過激に見えてしまいます。コレステロールをめぐるある論争から見えてくる、エビデンス、医療、そして科学に必要な謙虚さについて。ニック・ノーウィッツ(NickNorwitz,MDPhD)
Nick Norwitz 2026.10.07
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少し距離を置いて循環器医療の現状を眺めると、ひときわ目につくことがあります。

私たちは、コレステロール仮説に何十年もの研究と数十億ドルを投じてきました。高コレステロール、より正確に言えば、LDLやアポリポタンパクB(ApoB)を含むリポタンパク粒子が心血管疾患を引き起こす、という考え方です。

その考え方に従えば、こうした粒子を減らすことで、病気を減らせるはずです。あるいは、なくすことさえできるかもしれません。LDLが動脈硬化を引き起こす中心的な原因なのであれば、十分に対処すれば病気はなくなるはずだ、というわけです。

多くの人が聞かされているのは、そんな単純化された筋書きです。

ところが、このモデルを半世紀にわたって追い続けてきたにもかかわらず、誇れる成果は恥ずかしいほどわずかです。心血管疾患は、今も世界で最も多くの命を奪っています。

それなら、明らかにまだ理解できていないことに、みんなが好奇心を向けるべきではないでしょうか。

ただ、この話題をもう少し細やかに捉えようとすると、正当な科学的議論ではなく、思想に対する脅威のように扱われることが少なくありません。心血管疾患においてLDLコレステロールが中心的に重要だとする信念は、科学的モデルというより、まるで宗教のようです。

そして、その聖職者たちの機嫌を損ねてはいけないのです。

まずは短いエピソードからお話ししましょう。そのあと視野を広げて、医療にも関わる「オーバートンの窓」という概念と、穏健で合理的な見方が、ときに過激に見えてしまう理由を考えていきます。

英文の和訳

英文の和訳

異端とされたコレステロールへの問い

今年、世界で最も影響力のある医学誌と言っても過言ではないThe New England Journal of Medicineに、ある論文が掲載されました。するとたちまち、「コレステロールは低いほどよい」ということを決定づける、さらなる証拠だと広く称賛されたのです。

以上。議論の余地なし。

研究そのものは、一見すると分かりやすいものでした。すでに心血管疾患のある患者、またはそのリスクが高い患者、あるいはその両方に当てはまる患者が、LDLコレステロール約70mg/dLを目標とする従来の脂質低下療法か、55mg/dL未満を目標とするより強力な治療を受けました。

最終的に、両群のLDLコレステロールの差はわずか10mg/dLでした。決して大きな差ではありません。

さて、この研究の主要評価項目は、心血管死、心筋梗塞、脳卒中、そして「血行再建術」と呼ばれるものをまとめた複合評価項目でした。(血行再建術が何を意味するかはあとで説明するので、ひとまず覚えておいてください。)

要するに、心臓病に関連するさまざまな出来事を、ひとまとめにした評価項目です。アボカド、ブルーベリー、バナナ、レーズンをボウルに放り込んで、全部を「果物」と呼ぶようなものです。

大きく取り上げられた結果は、印象的に見えました。

  • より強力な治療を受けた患者では、心血管イベントの主要評価項目が相対的に33%減少していました。

  • 絶対リスクの減少幅(約3.1%)も、表面的には印象的でした。

これで筋書きはほぼ自動的に出来上がります。「LDLは低いほどよい」また証拠が増えた。これで決着だと。

ここで、診察室にいる場面を思い浮かべてください。

白衣の医師と向かい合って座っています。その医師が、権威あるThe New England Journal of Medicineの最新研究で、LDLコレステロールをさらに下げた患者のほうが心血管疾患に関する結果がよかったと説明します。きっと信じるでしょう。医師の自信、医学誌の権威、そして「自分に反論する資格なんてあるだろうか」と思ってしまう謙虚さもあるかもしれません。

その気持ちは分かります。僕自身、経験があります。10代のころ、医師の診断や助言を聞きながら「それは筋が通らない」と思ったことがありました。でも、データを十分に吟味していないのではと、面と向かって言うのは気が引けました。医師に異議を唱えられるような立場なのか。そう思って口をつぐんだのです。

僕にとっては幸いなことに、そして相手にとっては不幸なことに、それから少し大人になりました。

そこで、このThe New England Journal of Medicineの論文が出たとき、ある行動を取りました。一見、何の害もないごくありふれた行動です。

質問をしたのです。

ある自称専門家がその論文を驚くほどの自信をもって、こう要約していました。

「LDLコレステロールは低ければ低いほど、体によい」

これは原文どおりの引用です。カンマが抜けているところまで、そのままです。

そこで、こう返しました。

「質問があります。LDLコレステロールが75mg/dLの55歳の女性が診察に来たとします。このデータに基づいて、その人の治療を強化しますか?」

質問はそれだけでした。「専門家」の返事は?

「ニック、申し訳ないがネット上のペテン師を相手にするつもりはない」

英語表記を日本語訳したものです。

英語表記を日本語訳したものです。

でも、腹は立ちませんでした。むしろ、おかしくて思わず笑みがこぼれました。こうした攻撃はたいてい、攻撃する側の力量不足や不安を露呈するだけです。大したことではありません。

これが、たった1人の残念な反応で終わっていたなら、少しも気にならなかったでしょう。

本当に気になったのは、そのあとに起きたことでした。

循環器内科医たちが、「これを見ると本当にうれしくなる」などの言葉を添えて、このやり取りを再投稿し始めたのです。本来、エビデンスと慎重な推論を土台にしているはずの職業の人たちがです。

少し立ち止まって、何が起きたのか考えてみてください。

誰かを攻撃したわけではありません。研究結果を否定したわけでもありません……少なくとも、まだ。単純で率直な、そして正当な臨床上の質問をしただけです。「LDLコレステロールが75mg/dLの55歳の女性が診察に来たとします。このデータに基づいて、その人の治療を強化しますか?」

それなのに、なぜか質問そのものが脅威になりました。僕は「福音」に疑問を投げかけたのです。いったい何様のつもりなのか。僕には、循環器診療で35年間にわたって患者にスタチンを処方してきた経験はありません。それなのに、よくもデータを疑えるものだというわけです。

大げさに言っているのではありません。文字どおり、そういうことが起きたのです。

でも、なぜでしょう。

立証責任はどこにあるのか

相手にできるだけ好意的に解釈したとしても、あの単純な質問によって、見出しだけでは分からなかったことに気づかざるを得なくなったのかもしれません。この研究では、女性に利益は示されていなかったのです。

利益がある方向への傾向すら、ありませんでした。

どちらかと言えば、害がある方向への傾向が見られました。

もちろん、女性だけを対象としたサブグループ解析は「検出力が不足していた」と論じることはできます。実際に効果があったとしても、それを検出するのに十分な数の女性が試験に参加していなかった、という意味です。そして僕も、害がある方向への傾向を過大解釈しようとしているわけではありません。

英語表記の図を日本語訳したものです。

英語表記の図を日本語訳したものです。

ただ、僕の主張は「害があった。間違いない」というものではありません。そもそも、何かを主張したわけですらありません。

それでも、あの質問は立証責任をどこに置くのかという問題に光を当てました。

LDLを強力に下げることには利益があると、反証されるまで想定してよいのでしょうか。それとも、ハロウィーンのお菓子のように処方箋を配る前に、まず治療しようとしている集団で利益を示す必要があるのでしょうか。

僕は治療を正当化するには、データによる裏づけが必要だと考えています。

だから僕が挙げた例、つまりLDLコレステロールが75mg/dLの55歳の女性について、エビデンスに基づく答えは「LDLコレステロールをさらに下げることによる利益を、エビデンスは示唆していません」となるはずです。

言い換えれば、「LDLコレステロールは低ければ低いほど、体によい」という単純な結論は、エビデンスに基づく姿勢に反していました。でも、細やかな議論は始まる前に終わってしまったのです。

では、ここからは論文そのものをもう少し詳しく見てみましょう。

いちばん面白いところ、あるいはいちばんひどいところは、まだお話ししていません。

英語表記の図を日本語訳したものです。

英語表記の図を日本語訳したものです。

その利益は、実際には何から生まれたのか

論文をよく読むと、どこかつじつまが合いませんでした。

読者全員が、すぐにそれに気づけるだけの統計学の知識を持っているとは思っていません。ただ、両群のLDLの差が約10mg/dLしかなかったことを考えると、報告された効果の大きさは、並外れて大きく見えました。

誰かが、とても大きな犬を飼っていると言うようなものです。

「その犬、体重はどのくらい?」と聞きます。

返ってきた答えは、「600ポンド」。

どこかの時点で、「何かおかしい」と直感が働き始めます。では、その莫大な利益は、実際にはどこから来たのでしょうか。

答えは、先ほどさらりと触れた「複合評価項目」にあります。心血管イベントに何が数えられていたか、思い出してください。心血管死、心筋梗塞、脳卒中、そして血行再建術です。フルーツサラダの中のあのレーズンです。

心筋梗塞と違い、血行再建術は患者の身に自然と起きる出来事ではありません。

判断の結果です。

冠動脈にステントを入れるか、バイパス手術をするかは、医師が決めます。つまり、生物学的な出来事ではなく、臨床上の判断なのです。この違いは非常に重要です。今回の研究は「非盲検」、つまり医師が、各患者がどちらの治療群に属しているかを知っていたからです。

その情報は医療上の意思決定に影響し、データに偏りを生む要因になり得ます。そして実際、見かけ上の利益の多くを血行再建術が占めていました。

つまり、心筋梗塞が突然3分の1減ったという話ではありません。医師の意思決定によって、生物学的な利益が実際より大きく見えていた可能性のほうが、はるかに高いのです。

簡単に言えば、これは循環器医療の世界で、クジャクが羽を広げるように見栄を張っていたということです。ただし、査読済みという権威や医学用語のベールに隠され、一般の人には見えなくなっていました。

ここまで読んで、少し幻滅しているかもしれません。嫌悪感すら覚えるかもしれません。これが極端な例外というより、よくあることだと僕と同じように知っているなら、なおさらでしょう。

でも、この先で明かす内情こそ、本当に衝撃的な部分です。

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このレターの続きでは、StayCuriousMetabolismの有料購読者の皆さんとともに、その内部に踏み込んでいきます。医学界は本当に建設的な対話に開かれているのか。それとも、現状を維持しようとする力のほうが、データや論理よりも強いのかを考えます。

最後は前向きな気持ちになれるよう、次のような実用的なツールもお渡しします。

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これらすべての目的は、議論の中心を、本来そこにいるべき人、つまり読者の皆さん自身へと戻すことです。

医療そのものをめぐる対話を変える力になれたら、と思っています。大胆な目標です。でも、一緒ならきっと実現できると信じています。

StayCuriousMetabolism英語版有料購読者からのコメントの和訳

StayCuriousMetabolism英語版有料購読者からのコメントの和訳

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【編集者より】

本記事は、米国の医師・研究者NickNorwitz(MD,PhD)が英語で執筆したニュースレターを、本人の許諾のもとで日本語に翻訳・再構成したものです。お読みいただく前に、3点だけお伝えします。

・記事中で紹介する研究や医療の議論は、海外の研究や診療の文脈にもとづくものです。日本国内の診療状況とは異なる場合があります。

・内容は研究の紹介であって、特定の製品・成分・治療法をおすすめするものではなく、また個々の読者に対する診断や治療のアドバイスでもありません。

・ご自身の体調や治療方針についての判断は、必ず主治医など医療の専門家にご相談ください。

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