ハーバード医学部から、ソーシャルメディアへ
回復が、私を敷かれたレールから降ろし、新しい何かをつくらせるまで。
ニック・ノーウィッツ(Nick Norwitz, MD PhD)
紙の上では、人生がようやく芽を出しかけていた——ちょうどそのとき、私は人生のどん底にいました。
22歳。初めて異国で暮らし、これまでの人生でいちばん体を壊していました。
オックスフォードの仲間たちが研究室や集まりで過ごしているあいだ、私は何日も病院で集中治療を受け、緩和ケアの病棟にまでいたのです。
そのベッドに私を追い込んだのは、炎症性腸疾患でした。ずらりと並ぶほどの薬を試しても、抑えきれなかった病気です。
結果として、紙の上で人生が約束してくれていたはずのもの、博士号を取るためのオックスフォードの奨学金、その先に待つハーバード医学部への進学は、空約束のように感じられました。追いかけたい機会ではありました。でも、体がその前に立ちはだかっていたのです。
皮肉な緊張関係だと思います。もしかすると、読んでいて感じ取っている方もいるかもしれません。
私は、まさに私のような患者のために解決策を生み出すはずの、その学問としての医学に人生を捧げようとしていました。その解決策が、自分自身の問題は解けなかった。
でも、8年あまりが過ぎたいま振り返ると、あの日々はとてつもない贈り物だったと思えます。博士号を取り、医学部を終えたあと、私が標準的なレールから降りて、ハーバードからまっすぐソーシャルメディアへ飛び込んだ——その理由が、まさにあの日々にあるからです……
こう並べてみると、逃げのように聞こえますよね。投げ出したとか、魂を売ったとか。
でも、あえてそう言うのには理由があります。やっている当の本人が、周りのそれこそ家族までもがそう見るだろうと、痛いほどわかっていたからです。
私は、一つの目標にひたすら照準を合わせた教育に、人生まるごとを注いできました。尊敬される医師であり科学者になること。臨床医として患者を診ること。大きな研究費を獲得し、研究室を率い、一流の学術医療機関で教えること。それが、私に期待されていたことであり、私自身が私に期待していたことでした。
それがどうです。Substack のライターと YouTuber に転身する? 奇妙な話に見えますよね。
でも、いまの私は確信しています。あれは人生で最良の決断でした。しかも自分のためだけでなく、私が世界のためにできることのためにも。なぜそう言えるのか。それを説明するには、いちばん体を壊していた頃から今日に至るまでの、その空白を埋めておくべきでしょう。
エビデンスと効くこと:その隔たり
始まりは、切羽詰まった場所でした。
現代医学と医師たちには深い敬意を抱いています。それでも私は、主流から見れば「際物」とされる方法を試すしかありませんでした。
いえ、選択肢はあったのかもしれません。ほかの選択肢は、結腸を摘出すること。あるいは当時、頭の片隅で少しだけよぎっていた自ら命を絶つこと。そう並べてみれば、「選択肢C」、つまり突飛な食事療法をいくつか試してみるほうが、まだ飲み込めるものでした。だから、そうしたのです。
やがて、命を救ってくれる一つに出会いました。私にとってそれは、炭水化物を制限したケトジェニックダイエットでした。どういう仕組みで効いたのかは、また別の機会に。肝心なのは、実際に効いたということです。でも同時に、一つの認知的不協和と向き合わされることにもなりました。自分に効いたものと、エビデンスに裏づけられたものとのあいだにある、隔たりです。
なぜなら、いまこの瞬間にいたっても、炎症性腸疾患に対して標準治療とケトジェニックダイエットを比べた、ゴールドスタンダードのランダム化比較試験を、私はお示しできないからです。
*ランダム化比較試験を簡単に説明すると、参加者をくじ引きのようにランダムに2つのグループに分けて、片方には試したい治療、もう片方には別の治療(または偽薬)を行い、どちらが本当に効くかを公平に比べる実験のことです。ゴールドスタンダードと言われる、もっとも強いエビデンスとして認められている研究です。
それは、私に効かなかったという意味ではありませんし、ほかの人に効かないという意味でもありません。従来の医学には、やる価値のある高価で手間のかかる試験を、一つ残らず追いかけるだけの仕組み(動機づけの構造)が、そもそも備わっていないのです。
すると、もう一つの問いが立ち上がってきます。
従来の仕組みのなかで私のように苦しむ患者は、まだ「エビデンスに基づく」とは言えない誰もエビデンスを集める動機を持たなかったせいで、そう言えないだけの解決策をどうやって見つければいいのか。
医学がそのデータを集めるのを、私たちは苦しみながら待たなければならないのでしょうか?
それとも、もっと良いやり方があるのでしょうか?
私は、もっと良いものを見つけました。
好奇心を絶やさない、ということの力
医師としての修練を積むなかで、自分と重なる患者の姿から目をそらすことは、とてもできませんでした。極度の、身動きの取れないほどの苦しみ。肥満、多発性硬化症、乾癬(かんせん)、関節リウマチ、うつ、重い不安障害、双極性障害。
思いつくものは、たいてい見てきました。それが人の命を奪うところも、完全寛解に至るところも、この目で見てきたのです。
最悪の結末と最良の結末を分けるものは、多くの場合、医師の判断ではありません。患者自身のものの見方です。希望を手放さず、主流の内でも外でも、何かが噛み合うまで、さまざまな方法を試し続けようとするその姿勢です。言ってみれば、彼らは自分の健康の歩みを、終わりのない一連の実験として扱っている。そして、その好奇心が、命を救うのです。
さあ、もう一度、私の立場に自分を置いてみてください。科学と生物学を通して人を助けることに、人生を捧げてきた人間。もし私と同じ経歴を持ち、何十年もの歳月を、一点に絞り込んだ正規の教育に注いできたとしたら、さて、どうしますか。
私が何をしたかは、もうご存じですよね。
私は、賭けに出ました。踏み固められた道を捨てて、別のやり方を試したのです。そうしたのは、私たちがいま、医療の新しい時代に入りつつあると、根っこのところで信じているからです。ソーシャルメディアによる情報の民主化(たしかに諸刃の剣ではありますが)それが、かつての私のように苦しむ人たちに力を取り戻させる、途方もない機会を差し出している。そういう時代です。
しかもこの新しい時代は、「専門性」そのものについて、根本的な何かを変えていきます。近代のほとんどの時期、信頼はもっぱら従来の制度を通って流れてきました。研究者を育てた大学。論文を載せた学術誌。医師を雇った病院。けれど、そうした門番たちは、もはや知識をそれを必要とする人へ渡す、唯一の橋ではなくなりました。
なぜなら、突きつめれば、自分を癒やすのは一人ひとりの自分自身だからです。
そのためには、科学を、実際に使える形で伝えられる誰かが要ります。いえ、話はもっと大きい。読み手のなかの、患者のなかの、その人のなかにいる「科学者」を起動させる形で、科学を伝えられる誰かが要るのです。その役割は、変わりゆく世界が生み出したものです。医学、科学、教育、メディアが交わるところに、新しいタイプの専門家が立ち現れている。ただ情報を届けるのではなく、好奇心と、自分で決める力と、確かな知識に支えられた実験を育てることを仕事にする人間です。
それこそが、StayCurious の心臓であり、目的です。Substack にあるこの私たちのコミュニティは、いまや各プラットフォームを合わせて100万人をゆうに超えるところまで育ってきました。
その賭け。そして、これから来るもの
さて、皆さんはたぶんこう思っているでしょう。なぜ、いまこれを書いているのか、と。じつは、2025年5月のあの瞬間、医学部を卒業し、MD-PhD を修め、踏み固められた道を降りていまの仕事を選んだ、あの瞬間は、要するに一つの賭けでした。
さきほどの哲学に賭けたのです。しかも、勝ちが見えている賭けではありませんでした。でも、いまの私にはデータがあります。皆さんが手渡してくれたデータが。この15か月で、私たちは信じがたい前進を見てきました。このコミュニティは、Substack だけでもおよそ10倍に育ちました。有料メンバーの皆さんの支えが規模を広げ、ものをつくるための土台を私に与えてくれたのです。
そして、皆さんが一緒につくるのを助けてくれているのは、新しい形の「機関」です。古い機関にはできないと私が論じてきたことを、私たち自身が集まってやるために設計された機関。
思い描いてみてください。いくつかの太い柱に支えられて、少しずつ育っていく生態系です。科学を誠実に読み解くこと。人々に伝え、学びを届けること。コミュニティを集めること。人々が実際に使っているメディアで出会うこと。さらに、主流に先んじたケアやツールへとつなぐこと。
これから数か月のうちに、皆さんの投資の果実が見えはじめます。それは単に私への投資ではなく、いま述べた「なぜやるのか」への投資です。
これから来るものを、いくつか挙げておきます。
皆さんのおかげで、本格的なスタジオをつくる土台ができました。そこから、今月のうちに新しいコンテンツを出しはじめます。
次の段階は、ポッドキャストです。各分野の第一線を行く思想家、研究者、科学者、専門家を招いて、科学の最前線にあるテーマを語り合います。
遠隔医療(テレメディシン)の取り組みも動きはじめています。主流に先んじた健康・長寿のツールを、皆さんが手にできるようにするためのものです。
最初の大きな書籍契約も、すでに交わしました。刊行は2027年6月の予定です。これだけはお約束できます。原稿はもう完成していて、ベストセラーになり、一つの分野を揺るがす本になると信じています。詳しくは、また近いうちに。
しかも、ここまでのすべては、まだ氷山の一角にすぎません。医学とエンターテインメントの著名人との提携や取り組みも計画しています。詳しくは、また……

これをいま皆さんにお伝えするのは、感謝であり、約束でもあるからです。
感謝というのは背景はそれぞれ違っても、私たちは StayCurious のミッションへの信頼を分かち合っている、とはっきり感じられるようになったからです。皆さんが注いでくれた時間、注意、関心それに、多くの方にとっては、お金もその証しです。私は、それを軽く受け取ってはいません。
そして、約束というのは私たちはまだ始まったばかりだ、ということです。ここで報告しているのは15か月ぶんの前進で、しかもこの旅路全体のなかで、いちばん歩みの遅い15か月だったはずです。ほとんど何のリソースもないところから始めたのですから。その問題を、皆さんが解いてくれました。
この旅は、何十年もかけてほどけていくものだと私は見込んでいます。だからこれは、進捗の報告書であると同時に、タイムカプセルでもあります。
StayCurious。ともにつくり上げているこの活動を支えてくださり、ありがとうございます。
すでに登録済みの方は こちら
