体に備わる、がんへの防御力を若返らせる
ニック・ノーウィッツ(Nick Norwitz, MD PhD)
今この瞬間にも体のどこかで、がんへと向かい始めた細胞があります。そして免疫系は、その細胞を見つけ、腫瘍になる前に食い止めています。
問題は、この防御システムが年齢とともに衰えることです。
実は、これこそが加齢に伴ってがんの発症率が高まる大きな理由の一つです。遺伝子の変異が蓄積するからだけではありません。がんになる前の細胞が、体に本来備わっている防御をすり抜けられるようになるからです。
では、この仕組みはどこからうまく働かなくなるのでしょうか?
免疫系の重要な司令塔の一つが、胸腺です。胸骨の裏にある小さな臓器で、ふだん意識することはほとんどないかもしれません。胸腺は年齢とともに少しずつ衰えていきますが、その速さには個人差があります。
ここから話が面白くなります。世界有数の科学誌『Nature』に掲載された新しい研究によると
胸腺の老化が速い人ほど、がんの発症率が高いのです。
逆に、胸腺がひときわ若い人は、がんから守られているように見えます。
成人23,000人超を対象にしたある研究では、胸腺が最も健康な人たちの肺がん発症率は、胸腺の衰えがより進んだ人たちより36%低くなっていました。
そこで、こんな疑問が浮かびます。
年齢とともにがんへの防御力が衰えるのなら、それを若返らせることはできるのでしょうか?
このレターでは、次のことをお話しします。
がんへの防御システムは、実際にどう働いているのか
なぜ年齢とともに衰えるのか
僕自身が実際に検討するペプチド
どんな点に注意が必要なのか
がんの治療法をお渡しするわけではありません。それでも、生物学と免疫系のわくわくするような最前線をのぞいてみたいなら、一緒に探っていきましょう。

英文の和訳
体に備わる、がんへの防御ネットワーク
こうした考え方を根本から理解するには、まず少し立ち戻って、がんを抑えている最も重要な仕組みの一つ、免疫系について考えるとよさそうです。免疫系の役割は、外から来る侵入者と戦うことだけではありません。体の内側で生まれる脅威からも守ってくれます。
体の細胞には日常的に変異が蓄積し、その一部はがん細胞のような振る舞いを始めます。健康な人では、免疫系が「免疫監視」と呼ばれる働きをしています。いわば、生体の品質管理システムです。
異常な細胞や、がんになる可能性のある細胞が現れると、免疫系は多くの場合、本格的な腫瘍になる前に、驚くほど正確に見つけて排除できます。つまり、がんが育つ機会を得る前に、取り除いているのです。
しかも、これは絶えず起きています。次の数字を考えてみてください。
人の体には約30兆個の細胞があり、その多くは分裂を繰り返しています。
細胞が分裂するたびに、約60億塩基対のDNAを複製しなければなりません。
僕は数学専攻ではありませんが、これだけの数があれば、遺伝情報の写し間違いが起こる機会も途方もない数になります。むしろ、誰もが若いうちから全身にがんを発症するわけではないことのほうが、不思議なくらいです。
たとえば、自分が極小の秘書になり、約30兆個の細胞それぞれで、60億文字を超える情報を書き写していると想像してみてください。一つや二つ、写し間違いをしそうではありませんか? 何しろ僕だって、約24,000文字しかないこのレターで、少なくとも五つは間違えていそうです。きっとコメント欄で教えてくれる方がいるでしょう。
それでも私たちが毎日のようにがんを発症せずに済むのは、体が進化の過程で、きわめて精巧な防御の仕組みを獲得してきたからです。
間違いが起きたときに修復する、DNA修復システム。
深刻な損傷を受けた細胞に自ら壊れるよう促す、プログラム細胞死の経路。
そして今回の主役である危険な細胞が増える前に見つけて取り除く、免疫監視の仕組み。
ところが、年齢とともに変化が起こります。

原著の図表をもとに、英語表記のみ日本語訳しています。
時間の経過とともにDNAの損傷が蓄積するだけでなく、免疫系そのものも衰え始めます。
免疫監視が十分に働かなくなってくるのです。冒頭の話を、もう一度強調します。
年齢とともにがんのリスクが大きく高まる主な理由の一つは、変異が蓄積することだけではありません。異常な細胞を見つけて排除する仕組みが、機能しなくなり始めることです。
ここからが、今回の話の本題です。
というのも、免疫監視の一部の働きを若返らせる化合物がすでに存在するかもしれないからです。目指すのは、より健康に年齢を重ねられるよう支え、がんを含む免疫の衰えに関わる病気にかかりにくくすることです。
老化と免疫監視の崩れ
この考えが強く心に残ったのは、ペプチド性の生体調節物質についてのロシアの古い文献(英語・購読者限定 *日本語版は作成中)と、今回登場した胸腺について今年発表された新しい研究を、あわせて読み始めたときでした。
胸腺について、もう少し説明しましょう。胸骨の裏にあるこの小さな臓器は、T細胞の発生と成熟に重要な役割を果たします。T細胞は、免疫監視やがんへの防御に関わる、特に重要な細胞の一つです。
胸のあたりを食パンのように輪切りにして見たCT画像では、胸腺はこのように見えます。
面白いのは、胸腺の健康状態が、どれだけ「退縮」しているかと直接関係することです。退縮とは、時間とともに胸腺が衰え、胸の中の脂肪の塊になっていくような変化です。ですから画像で胸腺を見ると、その健康状態をある程度つかめます。
左では胸腺機能が高い、つまり健康な状態がオレンジ色で明るく示されています。右に進むと平均的な状態、さらに機能の低い状態になり、胸腺の退縮が進むにつれて暗くなっていきます。

<High:高い><Average:平均的><Low:低い>
長年、医師たちは胸腺が退縮して衰えるのを、単なる正常な老化の一部だと考えていました。どの成人も、最後には右端のような、暗くて機能しない胸腺になると思われていたのです。
しかし今では、そうではないとわかっています。成人の胸腺の退縮には、とても大きな個人差があります。
「心は若い」という表現がありますね。数年後には、「胸腺が若い」と言い合っているかもしれません。こちらも同じくらい大事だと言えそうです。さらに本題に近づくと、
胸腺が退縮する速さは、死亡率、心血管疾患のリスク、がんのリスクなど、老化そのもののさまざまな側面と相関しているようです。
このレターではがんを扱っているので、そのデータに注目しましょう。胸腺の健康状態が悪い、つまり「低い」人は、後年がんを発症するリスクが高くなっています。先ほどの暗い胸腺を思い出してください。グラフでは青い線です。

<Cumulative lung cancer incidence (%):肺がんの累積発症率(%)><Years since randomization:無作為割付からの年数><Low:低い><Average:平均的><High:高い>※胸腺の健康状態が高い人では、低い人に比べて肺がんを発症するリスクが約36%低くなっています。
態が高い人では、低い人に比べて肺がんを発症するリスクが約36%低くなっています。
これは直感的にも納得できます。免疫監視を担う細胞の訓練に関わる中心的な臓器の一つが働かなくなり始めれば、危険な細胞が臨床上問題となる病気に育つ前に、見つけて排除する力が落ちるからです。
次の疑問は、胸腺を若返らせることができるのか、です。
その答えは、次第に「できる」のほうへ傾いているようです。
サポートメンバーの方は、最先端の代謝研究を深く掘り下げたレターを週3本お読みいただけます。毎回、代謝の健康について、少なくとも一つは新しい発見を持ち帰っていただけます。
StayCurious Metabolismのサポートメンバーに向けた、この先の内容では、次のテーマを掘り下げます。
免疫系を、より若い状態へと導くこと。
胸腺の若返りに関わるペプチド。
どのような点に注意が必要かという、大切な話。
代謝に魅力を感じ、人の健康の最前線を知ることにわくわくするなら、今は参加するのによいタイミングです。なぜこのレターが、Substackで最も急速に成長している有料の科学ニュースレターなのか、確かめてみてください。英語版StayCurious Metabolism のメンバーからは、こんな声が届いています。

英語版StayCurious Metabolism の購読者コメントの和訳
【編集者より】
本記事は、米国の医師・研究者 Nick Norwitz(MD, PhD)が英語で執筆したニュースレターを、本人の許諾のもとで日本語に翻訳・再構成したものです。お読みいただく前に、3点だけお伝えします。
・記事中で触れる医薬品・成分・用量は、いずれも海外で行われた研究や、米国など日本国外の規制当局の判断にもとづく記述です。日本国内での承認状況や入手可能性とは異なります。テサモレリンの米国での適応は、脂肪異栄養症を伴うHIV感染成人の過剰な腹部脂肪の減少で、がん予防ではありません。
・内容は研究の紹介であって、特定の製品・成分・治療法をおすすめするものではなく、また個々の読者に対する診断や治療のアドバイスでもありません。
・ご自身の体調や治療方針についての判断は、必ず主治医など医療の専門家にご相談ください。