アルツハイマー病の悪循環を断ち切るには
ニック・ノーウィッツ(Nick Norwitz, MD PhD)
アルツハイマー病のリスクが高い神経科学者として、長い目で脳を守る新しい方法をいつも探しています。
そんな僕が思わず満面の笑みを浮かべたのが、Neuronに掲載されたばかりの新しい論文です。アルツハイマー病のよく知られた特徴が、病気そのものを進める、これまで知られていなかった仕組みを明らかにしていたからです。
さらにうれしいことに、そこから見えてくる対処法は、すでに自宅の薬棚にあるものでした。
まずは科学的な仕組みをわかりやすく解きほぐし、それから、これから何十年も脳の明晰さと健康を保つために、今日から使える具体的な手段へと話を進めます。
その前に背景を少し。

英文の和訳
まず、今回の主役を2つ紹介します。タウとミトコンドリアです。
タウのもつれ:アルツハイマー病の特徴
タウという名前は、耳にしたことがあるかもしれません。とくに、アルツハイマー病で見られる神経原線維変化との関連で聞いたことがあるのではないでしょうか。
アルツハイマー病や、ほかの一部の「タウオパチー(タウの異常が関わる病気)」では、通常は細胞骨格に結合しているこのタンパク質に、リン酸基が過剰に付加されます。これが「過剰リン酸化」と呼ばれる過程です。
するとタウは細胞骨格から外れ、集まって塊を作ります。このリン酸化タウの凝集体が神経原線維変化で、神経細胞の機能障害や死に関わります。こうしたタウの病的な変化は、アルツハイマー病を進める大きな要因の一つです。

<Tau → タウタンパク質><Microtubule → 微小管><Hyperphosphorylation → 過剰リン酸化><Tau Tangles → タウタンパク質の凝集体(神経原線維変化)><P → リン酸基><Alzheimer’s Disease → アルツハイマー病>
ミトコンドリアの機能障害:アルツハイマー病のもう一つの特徴
次はミトコンドリアの話をして、そのあとで両者をつなげます。
ミトコンドリアは、もちろん「細胞の発電所」です。おなじみの説明ですね。なかでも脳にとっては、とくに重要な存在です。脳は重さがわずか2〜3ポンドほどしかないのに、1日のエネルギー消費量のおよそ20%を使う、非常にエネルギーを必要とする臓器だからです。
ですから、ミトコンドリアの機能障害もアルツハイマー病の特徴の一つであることは、不思議ではありません。
では、この2つの主役は、どうつながっているのでしょうか?
今回の論文が明らかにしたのは、過剰にリン酸化されたタウには、別の作用もあるということです。ミトコンドリアの内部で、電子伝達系の入り口近くに結合し、エネルギー産生を低下させると同時に神経細胞を傷つける、有害な過程を引き起こします。
この過程を「逆電子伝達」と呼びます。
逆電子伝達
仕組みを簡単に説明すると、こうなります。
通常、ミトコンドリアは高エネルギーの電子を集め、そのエネルギーを取り出してプロトン勾配を作ります。この勾配が最終的にATPの産生を駆動します。ATPは、細胞のエネルギー通貨です。
ところが、タウがミトコンドリアの電子伝達系にある複合体I(CI)に結合すると、この仕組みに詰まりが生じ始めます。
電子が伝達系を効率よく先へ進む代わりに、一部は逆向きに流れたり、完全に外へ漏れ出したりします。
漏れ出した電子は周囲の分子と反応し、有害な活性酸素種(ROS)を生み出して、酸化ストレスを引き起こします。
その結果、二重の打撃が生じます。エネルギー産生が落ちるうえに、本来ATPを作るために使われるはずだった電子が、神経細胞を傷つける側に回ってしまうのです。

<Mitochondrion → ミトコンドリア><Inner membrane → 内膜><Mito matrix → ミトコンドリアのマトリックス(基質)><ATP synthase → ATP合成酵素><p-tau → リン酸化タウ><e⁻ → 電子><O₂ → 酸素><O₂•⁻ → スーパーオキシド><Reactive oxygen species → 活性酸素種><Reverse Electron Transport → 逆電子伝達>
ここからは、この新しい仕組みを明らかにしたデータを見ていきます。
その理解が、このあとに取り上げる対処法を知るための土台になります。
エビデンス:種や疾患を超えて
まず研究チームは、調べたすべてのタウオパチーモデルで、逆電子伝達が活発になっていることを確認しました。
ヒトの神経細胞、ハエ、マウスモデル、そしてアルツハイマー病患者の脳組織では、ROSの量が有意に増え、NAD+/NADH比が有意に低下していました。どちらも逆電子伝達が活発になっているときの特徴です。NADHは複合体Iに電子を渡してNAD+になりますが、逆電子伝達が起こると、NAD+に対するNADHの割合が増えるのです。
ただ、よい話に進む前に、状況はもう一段悪くなります。そこには悪循環もあったからです。
研究チームは、逆電子伝達とタウの過剰リン酸化が互いを促し合い、循環がひとりでに続いていくことを発見しました。
過剰にリン酸化されたタウがミトコンドリアに入り、複合体Iのサブユニットに結合して、逆電子伝達を活性化します。
その逆電子伝達によってROSが過剰に作られ、NAD+/NADH比が大きく低下します。それが、そもそもタウをリン酸化する酵素を活性化してしまうのです。GSK-3βという酵素も、その一つです。
つまり:
リン酸化タウが増える → 逆電子伝達が増える → 酸化ストレスが増し、NAD+が枯渇する → リン酸化タウがさらに増える → そしてまた同じことが続く。
まさに悪循環です。少し詩的に言うなら、生命を破綻へと向かわせるループです。
ただし、理解を深めることは、恐怖ではなく解決へとつながる道であるべきです。
脳を救った薬(マウスでの話)
次の課題は、この生物学的な悪循環を断ち切ることです。
研究チームは、CPTという化合物を使ってそれを実現しました。CPTは、逆電子伝達を阻害する低分子化合物です。タウが取りつくのと同じ、複合体Iのサブユニットを標的にして働きます。
ミトコンドリアの装置からタウを押しのけ、電子の逆流を止める、化学の用心棒のようなものだと考えてください。
研究チームがマウスモデルでCPTを試したところ、目を引く結果が得られました。
認知機能の改善:空間記憶を調べる標準的な検査(モリス水迷路)と、連合学習を調べる検査(恐怖条件づけ)で、CPTを投与したマウスには記憶の改善が見られました。
脳萎縮の軽減:下のMRI画像では、治療していないタウオパチーモデルマウスに比べ、CPTを投与したマウスの大脳皮質は厚く、海馬の体積も大きくなっていました。わかりやすく言えば、この薬は、脳が物理的に縮むのを防いだのです。

<rTg4510 → rTg4510(マウスの系統名)><VEH → 溶媒対照><CPT → CPT(化合物の略称。正式名称は画像内に記載なし)><LV/Cortex → 側脳室/大脳皮質><Hippo/Cortex → 海馬/大脳皮質><Hippo volume (mm³) → 海馬の体積(mm³)><Cortex thickness (mm) → 大脳皮質の厚さ(mm)><Whole brain volume (mm³) → 全脳の体積(mm³)>
神経変性の軽減:逆電子伝達を遮断することで、健康な神経細胞の数も回復しました。
神経炎症の改善:CPTはさらに、神経炎症や脳の損傷に関わる複数の細胞種(アストロサイト、ミクログリア、CD8+ T細胞)の炎症性の活性化を、大幅に抑えました。
ここでの要点は、アルツハイマー病の脳でタウの病的変化が引き起こす悪循環、その中心にある逆電子伝達を遮断すれば、循環を断ち切り、アルツハイマー病の複数の特徴を改善できるようだ、ということです。

<Phosphorylated Tau → リン酸化タウ><Complex I → 複合体I><Reverse Electron Transport → 逆電子伝達><Oxidative Stress & NAD⁺ Depletion → 酸化ストレスとNAD⁺の枯渇>
自宅の薬棚にある3つの対処法
ただし、CPTは一般の人が入手できるものではありません。まだ前臨床段階の化合物です。ヒトでの試験が始まるまでには、何年もかかるかもしれません。
それを踏まえて、ここからは実際にできることに話を移しましょう。
今日から、具体的に何ができるのでしょうか?
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ここから先は、StayCurious Metabolismのサポートメンバーに向けて、次の点を掘り下げます:
これらの仕組みを標的にする3つの手段
それぞれの働き方
入手方法
そして、長期的な脳の健康にとって、どんな意味があるのか
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【編集者より】
本記事は、米国の医師・研究者 Nick Norwitz(MD, PhD)が英語で執筆したニュースレターを、本人の許諾のもとで日本語に翻訳・再構成したものです。お読みいただく前に、3点だけお伝えします。
・記事中で触れる医薬品・成分・用量は、海外の研究や著者自身の体験にもとづく記述です。日本国内での承認状況や入手可能性とは異なります。
・内容は研究の紹介であって、特定の製品・成分・治療法をおすすめするものではなく、また個々の読者に対する診断や治療のアドバイスでもありません。
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